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この春から転勤で妹が東京へ行くことになった。
「名古屋には文化がない」と日頃から嘆いていた妹のことだからさぞ喜んでいるだろうと思いきや、
「いぎだぐない」と言う。東京なら名古屋でかからない映画も見られるし美術展だっていっぱい
やってるじゃん、と励ますつもりで言ったのに、お姉ちゃんはなんにもわかってない、
と妹は吐き捨てた。それぐらい私だって考えました、考えた上でめんどくせって思ったんです、
名古屋でやってる映画だけでもかなり見逃してるし、美術展だってぜんぶは行けてない、
東京行ったらこれが何倍にも膨れ上がるんでしょ?
いちいちチェックして選り分けること考えただけで憂鬱になる、これが二十代前半だったら
ちがったよ? 「東京ウェーイ!」ってハイタッチする勢いで飛んでったでしょうよ、
でも三十半ばになってからの東京はきついって、友だちもいない土地勘もない行動力も
体力も好奇心もないないない尽くしで楽しめるほど東京は甘くない。
唾をまきちらす勢いでしゃべっていた妹はそこで息をつき、
なんだかんだ言って名古屋ってちょうどいいんだよねえ、とつぶやいた。
それって最上の褒め言葉なんじゃないだろうか。たしかに名古屋ってちょうどいい。
町の規模も広すぎず狭すぎず、人も店もイベントもなにもかもが多すぎず少なすぎずで
ちょうどいいのだ。私も妹も名古屋で生まれ育ちなんとなくずるずる居続けてしまっただけで、
確固たるなにかが名古屋にあるわけでは決してない。だけどおそらく、これからも私は
名古屋で暮らしていくだろう。「名古屋ウェーイ!」ってテンションには一生ならないだろうし、
そのぬるさが気に入ってもいる。過剰にあるより適量がいいってなんだかすごくいまっぽい。
「東京なんていぎだぐない。名古屋ラブ」
失ってはじめて気づいた名古屋のすばらしさに、妹はいつまでもしつこくぐずっていた。
入賞作品発表
コトノハなごやへの多数のご応募ありがとうございました。
入賞5作品を掲載いたします。
審査員による短評

「ここからしか生まれない物語」

眠っている記憶と想像力は、ちょっとしたきっかけで目覚める。例えば今回のような、
名古屋のとある風景をもとに何かを書いてみようとする試みとともに。これから僕は
トーストホールを見るたび、それを体現したようなこの素敵な物語を思い出すだろう。
中村 航

「街を書くということ」

街を書くのは、とてもこわいことだ。
ぼんやりとただ街をうろついているのか、
五感すべてを使ってその街の空気を感じ取ろうとしてるのか、
ものの見方がまるだしになってしまう。
そのぶん人が書いたものを読むのは楽しいのですが。
吉川 トリコ

「物語」を生きること

 なにげない生活の尊さ。近年そう評価される作品が増えているように感じます。芸術が社会を写す鏡だとしたら、それは何を示しているのか。今回の選考を通じて、改めて私たちはそれぞれ取り替えのきかない特別な「物語」を生きているのだと感じました。
武田 俊
金賞
銀賞
佳作